競馬キャスター・大澤幹朗氏がお届けする、知れば競馬の奥深さがより味わえる連載『競馬キャスター大澤幹朗のココだけのハナシ』。
今回のテーマは「シュヴァルツゴルトとドイツのSライン」について。
ドバイターフのソウルラッシュ、ダイオライト記念のセラフィックコール、阪神大賞典のサンライズアース、川崎記念のメイショウハリオ、クイーンエリザベス2世カップのタスティエーラ、エプソムカップのセイウンハーデス、函館スプリントステークスのカピリナ、そして関東オークスのメモリアカフェ。母の父として国内外の重賞勝ち馬を今年の上半期だけで8頭も出したマンハッタンカフェ。
今年の桜花賞馬エンブロイダリーや、祖母のビワハイジ、おばのブエナビスタやジョワドヴィーヴルらの“ハイジ一族”。
サラキア、サリオス、サフィラといった重賞ウイナーのきょうだいや、先月の阪神の新馬を勝ったサレジオら、独オークス馬サロミナの血を引く一族。
2021年のNHKマイルCを勝ったシュネルマイスター。
2017年のオークス馬ソウルスターリングや、2022年の二冠牝馬スターズオンアースら、仏オークス馬スタセリタの一族・・・。
これらに「共通すること」は何でしょうか・・・?
血統に精通している亀谷サロンの皆さんなら、ご存知の方も多いでしょう。
それは「ドイツのSライン」と呼ばれる同じ牝系に属していることです。
ドイツでは馬名をつける際に、国外に輸出された場合を除いて「イニシャルを母馬と同じものにしなければならない」というルールがあります。この一族は頭文字が「S」で、生産牧場の名前から「シュレンダーハン牧場のSライン」とも呼ばれています。
一方、凱旋門賞馬アーバンシーと、その息子ガリレオやシーザスターズ、弟キングズベストら、現在、欧州を中心に世界的に主流となっている牝系もドイツがルーツ。こちらは、アーバンシーの母Allegrattaの頭文字から「Aライン」と呼ばれています。
また、2010年のダービー馬エイシンフラッシュはドイツ血統の影響を色濃く受けた馬でしたが、父が「Aライン」のキングズベスト、母はドイツの名種牡馬モンズーンと同じ「Mライン」のムーンレディ(Moonlady)でした。
そんなドイツ血統の中でも日本で大成功したのが「Sライン」です。この牝系の祖はシュヴァルツクッテ(Schwarze Kutte)という1920年生まれの牝馬で、ドイツの史上最強馬とも言われているオレアンダー(Oleander)を父に持つ娘のシュヴァルツリーゼル(Schwarzliesel)が独1000ギニーを勝ち、さらにその娘のシュヴァルツゴルト(Schwarzgold)はドイツの競馬史を代表する歴史的名牝になりました。
▼シュヴァルツゴルト
母が独1000ギニー馬、父が現役時代ドイチェスダービー、ベルリン大賞、バーデン大賞を勝ち、種牡馬としても成功したアルヒミスト(Alchimist)という血統のシュヴァルツゴルトは、ドイツ最古の民間牧場であるシュレンダーハン牧場で生まれました。
デビューから8戦目で独1000ギニーを圧勝し母娘制覇を達成すると、続くディアナ賞(ドイツオークス)では2着に10馬身差以上の大差をつけ勝利。さらに牡馬相手にドイチェスダービーに出走して、ここも2着に10馬身差をつけ圧勝しました。
自身3度目となる大差勝ちを収めた帝都大賞(現ベルリン大賞)がラストランとなり、生涯成績は12戦9勝2着3回。第二次世界大戦中の1940年、ナチス・ドイツが北欧や周辺諸国に侵攻するなど戦禍の暗い影が落ちていた中で、圧巻と言うしかない強さを見せた歴史的名牝でした。
シュヴァルツゴルトは引退後に繁殖牝馬となりましたが、感染症のため13歳という若さで生涯を終えました。残すことができたのは2頭の牝馬のみ。しかし、そのうちの1頭シュヴァルツブラウロート(Schwarzblaurot)の産駒が次々と母として成功を収め、この牝系の枝葉を大きく広げることになるのです。
(次回に続く)