今回の『亀トーク』、ゲストはホースコーディネーターとして活躍されている安藤裕さん。海外の競馬中継などで、そのお姿を拝見したことがあるかもしれません。今回はその安藤さんに、海外遠征について、そして今週末に行われるドバイワールドカップデーについて、たっぷりとお話を伺いました。聞き手:亀谷敬正。
◆今回のトークテーマ
・ホースコーディネーターという仕事
・ドバイのダート、ゴールデンシャヒーン
・ドバイの芝、ドバイターフ
・シーマクラシック
・ワールドカップ、ライフイズグッド
◆ホースコーディネーターという仕事
――本日は、元騎手で、元横浜ベイスターズの通訳、そして今はレースホースコーディネーターとして世界中を飛び回っていらっしゃる安藤裕さんにお越しいただきました。サロンメンバーの中には、『安藤さんが出てくれるんだ』と喜んでいる方もいます。
安藤裕(以下、安):ホントですか。恐縮です。目立たないようにしているんですけど(笑)。
――ドバイへのコーディネートも、長いですよね。
安:海外遠征は2013年のタイセイレジェンド(矢作厩舎)からですね。それからは毎年行かせていただいています。ドバイに関しては2013年からずっとですね。特に印象に残っているのは、ホッコータルマエの1回目(2014年)です。ホッコータルマエが入院してしまって。あの経験は今でも生きています。
――ドバイ遠征で大切なことはなんでしょう?
安:ドバイには当然強い馬が行きますから、能力面以外ではメンテナンスかなと思います。馬場に慣れさせるとかですね。現地で究極の仕上げをするかというより、いかに日本にいるうちにトップの状態に持っていくか、そして現地に到着したら、いかにリフレッシュさせるか。そういうことを地道にやれるかだと僕は思います。
――なるほど。身体は日本でつくってから行くと。
安:招待レースと、そうでないレースの違いもありますよね。ドバイワールドカップのような招待レースは、主催者が飛行機も用意して、日程も決まっています。招待レースではないブリーダーズカップのようなレースは、こちらの都合が良い時期を狙って日程を組めるので、その点は大きく違います。
例えば、ドバイレーシングクラブはだいたい(出国からレースまで)10日前後の日程で飛行機をチャーターしてくださるので、それを逆算して馬を仕上げていくのが良いのかなと思います。
――招待レースでは『何日の飛行機にしてくれ』とは言えないんですね。
安:言えないですね。でも、これまでの経験がありますから、逆算はできますね。レースが26日だと逆算して16日に出国、今年はウクライナ情勢があるので1日早い15日になりましたけど。
――出国前に実質的な追い切りを済ませて、あとは向こうでコンディションを保っていくと。
安:外国人ジョッキーはみんな『日本の馬ほどフィットネスができている馬はいない』って言ってます。日本には各種トレーニング施設があるトレセンがありますが、ドバイはダートと芝、しかもフラットな馬場ですので、現地で負荷をかけるのはとても難しいんです。また、直前に強い負荷をかけると脚元への負担もあるでしょうし。あとは気温ですね。日本が寒い時期にドバイに行くわけで、急激に温度が上がるわけですから。
――まとめると、適性と能力がある馬の中で、直前軽めの調整で力を発揮できるタイプ、輸送と環境の変化でコンディションを崩さないタイプが理想的ということでしょうか。
安:そうですね。海外遠征はすごく特別で複雑に思われますが、人間と同じなんですよ。厩舎の方々にもそのように伝えています。
例えば、初めて海外に行ったときのことを考えてみてください。右も左もわからないけど、初めての海外ですごくワクワクする。なにもかもが初めてで新しいものを見ればテンションもあがりますよね。ただ、2~3日経つとだいぶん慣れてきますよね。馬も一緒でドキドキ・ワクワクなんです。ですから、人馬ともにゆっくり進めていくことが大事なことじゃないかなと思います。そうすれば馬もちゃんと慣れるので。
――エサとかは、日本から運ぶのでしょうか?
安:エサは日本から持っていきます。10日間の日程で遠征するとなると、だいたい2週間分は用意してもらう感じですね。厩舎によってエサが違うので、厩務員さん、調教助手さんにすべてカスタマイズしてもらって、飼料屋さんと用意していだいています。
遠征で一番怖いのは食べなくなることですから、ずっと食べている餌を持っていくようにしています。これも人間と同じですよね。現地の食べ物が合わなかったときのために日本食を持っていくじゃないですか。馬も食べ慣れた日本食を持っていくというイメージですかね。サッカー日本代表じゃないですけど、シェフを遠征に連れていく感覚です。馬にとっては厩務員さんがシェフで、いつもの食材を持っていくと考えてもらえればいいのかな。
――サプリメントや医療器具、馬装のルールも国によって異なると思いますが。
安:サプリメントは、これはダメとか、このサプリメントはレースの何日前までとか、国によってルールが違います。ただ、日本の馬はアメリカの馬ほど、注射をしたりすごい治療をしているわけではないので、基本的なことに気をつけるだけですね。医療器具もその国のルールに則って使用するだけですよ。馬のルーティンを変えないように、なるべく普段使っているものを持っていく感じですね。
――そういえば、ノーザンファーム天栄の場長・木實谷さんへのインタビューでも話題になったのですが、サウジ遠征のソングラインは鼻のテープをしていましたよね。
安:していましたね。あれはサウジだけOKで、日本やドバイはダメだったと思います。ドバイで使っている馬は見たことないですね。もしかしたらドバイワールドカップだけダメなのかもしれないですけれど。ちなみに、香港もダメですね。
◆ドバイのダート、ゴールデンシャヒーン
――では、ドバイの出走馬について伺います。ゴールデンシャヒーンにはレッドルゼル、チェーンオブラブが出走を予定しています。安藤さんが担当するのはレッドルゼルですよね?
安:はい。
――ドバイのダートについては、どう思われていますか。
安:まず、砂質が日本ともアメリカとも違いますね。その真ん中ぐらいでしょうか。
――ボクも『ドバイは日本の砂とアメリカのダートの中間だ』と言ってるんです。
安:2009年までのナドアルシバ競馬場はケンタッキーのダートを持ってきていたんですけど、2010年からメイダン競馬場に替わって、当初の馬場はタペタでしたが、2015年からダートに戻す際に、砂漠の砂をだいぶ使っているんですよ。見た目はアメリカのダートっぽいですが、砂と土が混じっている状態ですね。あと、気をつけるのは、キックバックですね。ドバイの馬場のキックバックは世界中で最も厳しいと思います。
――アメリカのキックバックよりも厳しいですか。
安:アメリカの砂質はもうちょっと粒状なので、鼻の中に入らないんですよ。当たって痛いという感じで済みます。日本もそうですね。でもドバイはサラサラの砂質なので、鼻の中に入るんです。ですから馬にとってはかなり苦しいですよね。
――キックバックを被らないようにと考えると、最悪なパターンは前に行けなくて、しかも内で動けず揉まれるパターンですかね。
安:毎年ハイペースで、3コーナー過ぎから手応えがなくなる馬がどんどん下がってくるので、馬群の捌き方がポイントになりますね。サウジで素晴らしい競馬をしたチェーンオブラブは、今回は馬のレベルが上がるにせよ、前走で脚を溜める競馬をしたことが今回は活きるのかなと思いますね。
――アメリカ馬も参戦するので道中のペースも厳しいですが、それを追走しながら、キックバックを喰らわないようにしないといけないんですね。
安:だから、キックバックを喰らわずに先行できたマテラスカイは良い結果が出せたんじゃないでしょうか(2019年2着)。あの馬は世界レベルで速いです。差すのであれば、去年のレッドルゼルみたいに、キックバックを喰らわずにスムーズに追走することが理想でしょう。
――今年のレッドルゼルも当然後ろからですよね?
安:枠順もありますし、現時点では分かりません。川田騎手は地方交流重賞で色んな砂を知っていますから、キックバックに対処しながら、上手に追走してくれると思います。
◆ドバイの芝、ドバイターフ
――ドバイターフの話題に入る前に、ドバイの芝とコース形態について教えてください。
安:洋芝ですので、日本だと札幌とか函館に近いですけど、もうちょっと軽い感じですね。
――香港よりも軽いですか?
安:芝の密度が香港よりも高いですね。ドバイの芝はサウジと一緒で、実は開催が終わると全部剥がすんですよ。それでシーズンが始まる前に植える。イギリスから輸入して毎年芝を植えるんです。
――ドバイは砂漠ですから、路盤から野芝を生やすのは難しいでしょう。散水もしますよね?
安:毎日3回しっかりと散水していますね。メンテナンスと芝の寝付きが良いから、競馬を使ってもあまり掘れない、掘れにくいですね。例えるなら、甲子園球場でお馴染みの阪神園芸さんがサウジとかドバイにもいるような感じですね。実際、サッカーチームのマンチェスターユナイテッドだったかな、そこのスタジアムを作っているスタッフさんが管理しています。馬にとっても非常にいい馬場だと思います。
――さて、ドバイターフですが。これはもう日本馬の草刈場ですね。