競馬キャスター・大澤幹朗氏がお届けする、知れば競馬の奥深さがより味わえる連載『競馬キャスター大澤幹朗のココだけのハナシ』。
今回のテーマはジャパンCに参戦するカランダガンにちなみ、「アガ・カーン ファミリーの継承」です。
レース史上初めて、当年の欧州年度代表馬かつ現時点での国際レーティング世界単独トップという超大物カランダガンが参戦する今年のジャパンカップ。かねてから陣営は「硬い馬場の12F戦がベストの舞台」と語っており、日本馬の強力なライバルであることは間違いありません。
フランスのフランシス・アンリ・グラファール厩舎の4歳騙馬でグレンイーグル産駒のカランダガンは、アガ・カーン・スタッドの自家生産馬です。“緑に赤の肩章”の勝負服がジャパンカップに参戦するのは、1997年アスタラバド(仏国・牡4、ピルサドスキーの6着)、2011年シャレータ(仏国・牝3、ブエナビスタの7着)以来3頭目。
その他、2009年にはエリザベス女王杯にシャラナヤ(仏国・牝3、クイーンスプマンテの4着)が参戦しています。シャレータとシャラナヤの鞍上は、2009年から13年までアガ・カーンの主戦だったC・ルメール騎手でした。
世界的かつ偉大なオーナーブリーダーの一族であるアガ・カーン ファミリーは、イスラム教シーア派の分派イスマーイール派の指導者の家系です。競走馬事業に乗り出したのはアガ・カーン4世の祖父アガ・カーン3世からで、第一次世界大戦後に英国で本格的に競馬活動を始めると、デビューから最初の10年間でリーディングを4度も獲得しました。
その象徴となった馬は1922年に購買した牝馬ムムタズマハル。競走馬時代は“Flying Filly”と呼ばれた早熟のスプリンターでしたが、アガ・カーン家がアイルランドに所有するシェシューン・スタッドで繁殖入りすると名繁殖牝馬となりました。
なかでも、ムムタズマハルの次女ムムタズベグムが産んだのがナスルーラです。競走馬として英国の2歳牡馬チャンピオンとなり、種牡馬としては米国で5度、英国で1度のリーディングサイアーを獲得。直仔ボールドルーラーは米国で7年連続リーディングサイアーになり、その産駒から米国史上最強の三冠馬セクレタリアトが出ました。
また、ムムタズベグムがネアルコとの間に産んだサンプリンセスはロイヤルチャージャーを産み、その産駒ターントゥからヘイルトゥリーズンと繋がって、ヘイローを経由するサンデーサイレンス系や、ロベルト系といった日本競馬の主流血統を生み出しました。
さらに、ムムタズベグムの牝系からは、1981年の英国ダービー馬シャーガー、1985年の英国三冠牝馬オーソ―シャープ、1988年の米国三冠馬リズンスターらも出ています。
一方、ムムタズマハルの長女マハマハルは1936年の英国ダービー馬で1946年の北米リーディングサイアーになったマームードを出し、三女ムスタムマハルは20世紀英国最強のスプリンター・アバーナントを産みました。その他、ムムタズマハルの牝系子孫には、2008年の欧州年度代表馬ザルカヴァや、ホクトベガ、タニノギムレット、スマートファルコン、タイトルホルダーといった日本のG1級勝ち馬も多数います。
アガ・カーン3世は、1935年に無敗で英国クラシック三冠馬となったバーラムをはじめ5頭の英国ダービー馬を所有。リーディングオーナー13回、リーディングブリーダーを9回獲得しました。また、所有馬のセフトやヒンドスタンは日本で種牡馬となり、トキノミノルの父でもあるセフトは5度のリーディングサイアー獲得、シンザンの父ヒンドスタンは7度のリーディングサイアーとなるなど、昭和の日本競馬にも大きな影響を与えました。
そのアガ・カーン3世が後継に指名したのは息子ではなく孫でした。1957年にアガ・カーン3世が亡くなると、孫のアガ・カーン4世は20歳の若さで指導者となりました。一方、競走馬事業は息子のアリ・カーンが継いでいましたが、わずか3年後の1960年にアリ・カーンが48歳の若さで交通事故死。競走馬事業もアガ・カーン4世が継ぐことになりました。
父の死を受けて競走馬のオーナーを継承したアガ・カーン4世は、その初年度からシャルロットヴィルが仏ダービーとパリ大賞、シェシェーンがアスコットゴールドCとサンクルー大賞、プティッテトワールがコロネーションS、ヴェンチアがセントジェームズパレスSとサセックスSを制して、フランスのリーディングトレーナーにも輝きました。
はじめアガ・カーン4世の競走馬はフランスでのみ調教されていましたが、1970年代末、30年間フランスのリーディングブリーダーだったマルセル・ブサックの馬を購買すると英国のレースも再開しました。その生産方針は「絶えず試行錯誤を行う」というもので「同じ種牡馬と2度交配しない」のが鉄則でした。
今年2月4日に88歳で逝去したアガ・カーン4世殿下。生前、英国ダービーをシャーガー、シャーラスタニ、カヤージ、シンダー、ハーザンドの5勝、愛ダービー6勝、仏ダービー8勝、凱旋門賞は、アキイダ、シンダー、ダラカニ、ザルカヴァの4勝をあげました。最後の活躍馬タルナワは2020年にヴェルメイユ賞、オペラ賞、BCターフを勝利した名牝でした。
アガ・カーン ファミリーの競走馬事業は、アガ・カーン4世の息女ザラ・アガ・カーン王女が継ぎました。2021年からアガ・カーン・スタッドと契約を結んでいるフランシス・アンリ・グラファール調教師と、今年から契約を結んでいるミカエル・バルザローナ騎手のタッグは、今年、殿下が亡くなった後、カランダガンがG1を3連勝したのに加え、3歳牡馬ダリズが凱旋門賞を制覇。
“緑に赤の肩章”の凱旋門賞勝利は、アガ・カーン3世時代の1948年ミゴリ、52年ヌッチョ、59年セントクレスピンの3頭、アガ・カーン4世時代の4頭に加えて、史上最多の8勝目でした。
日曜日、カランダガンの鞍上でバルザローナ騎手が身に纏う“緑に赤の肩章”は、世界の競馬を支えつづけるリアルロイヤルファミリーが継承してきた特別な勝負服なのです。
