競馬キャスター・大澤幹朗氏がお届けする、知れば競馬の奥深さがより味わえる連載『競馬キャスター大澤幹朗のココだけのハナシ』。
今回のテーマは「1998年のサイレンススズカや今年3連覇の懸かるプログノーシスなど“金鯱賞のハナシ”」です。
16日(日)、中京競馬場では「第61回金鯱賞(GII)」が行われます。
金鯱賞が創設されたのは今からちょうど60年前の1965(昭和40)年。この年はシンザンが三冠馬となった翌年にあたり、競馬人気がとても高まっていた時代で、開設から12年目の中京競馬場には「中日新聞杯」「金鯱賞」「CBC賞」の3つの重賞が新設されました。
第1回の金鯱賞は11月に「別定戦」として行われ、翌年からは「ハンデ戦」に変更されました。創設当初は中京競馬場には芝コースがなく、第1回から1969年の第6回までの舞台は「砂1800m」でした。
中京競馬場がスタンド改築、路盤改修、芝コース設置の大規模工事を行った1970年は小倉競馬場の芝1800mを舞台に「博多ステークス・第6回金鯱賞」として実施。芝コースが設置された翌年からは中京競馬場に新たに誕生した芝コースの1800m戦として長く夏季に行われていました。
グレード制が導入された1984年に「GIII」に格付けされ、1996年には再び別定戦となり「GII」に昇格。距離も2000m戦になりました。2012年から2016年まで暮れの開催に変更されましたが、2017年に大阪杯がGIになると、その前哨戦として3月に移設され、現在に至ります。
さて、金鯱賞といえば1998年の第34回です。
中山記念、小倉大賞典(この年は中京開催)と1800mの重賞を連勝していたサイレンススズカは、距離を1ハロン延ばして金鯱賞に出走しました。対するは、菊花賞馬マチカネフクキタル、5連勝中のミッドナイトベット、4連勝中のタイキエルドラド、同舞台の中京記念の勝ち馬トーヨーレインボーら実力馬が揃いました。
初めて58キロを背負ったサイレンススズカ。好スタートから先手を奪うと、いつものように2ハロン目から11秒台前半~中盤のハイラップを刻んで逃走。向正面ではリードを7~8馬身に広げ、最終4コーナーでは後続との差をさらに大きくすると、場内からは自然発生的に拍手が沸きおこりました。
「さあ拍手に送られてサイレンススズカ先頭だ!」
レースを実況したのはラジオたんぱ(当時)の藤田直樹アナウンサー。「サイレンススズカ4連勝です! 重賞は3連勝!」と勝利を伝えたのは、まだゴールまで残り100mの地点でした。2着ミッドナイトベットとの着差は「大差」、タイム差は「1.8秒」。中央競馬の重賞での「大差勝ち」は、これを最後に27年間出ていません。
2013年、「中京競馬場開設60周年記念 思い出のベストホース大賞」に選ばれたサイレンススズカは、中京競馬場の場内にモニュメントが設置され、一帯は「サイレンススズカ広場」と名付けられています。
一方、2003年から2005年まで金鯱賞を3連覇したのがタップダンスシチーです。JRAにおけるサラブレッドの平地同一重賞3連覇は当時「47年ぶり2頭目」という快挙でした。
今年、プログノーシスには20年ぶりの「金鯱賞3連覇」がかっています。2018年、ヤマカツエースが「金鯱賞3連覇」に挑みましたが4着に終わりました。もしプログノーシスが3連覇を達成すれば、JRAの平地重賞では史上8頭目の「同一重賞3連覇」。中京競馬場の直線に坂ができてからは初の「金鯱賞3連覇」となります。
名古屋城のシンボルに因んだレース名の「金鯱賞」。その歴史の1ページに新たな偉業は刻まれるのでしょうか。