2015年の皐月賞と日本ダービーの2冠を制したドゥラメンテが、8月31日にこの世を去りました。父・キングカメハメハ、母・アドマイヤグルーヴという泣く子も黙る超良血の種牡馬だっただけに、9歳という早すぎる死に悲しみが広がりました。
生あるものに死が訪れるのは必然ですので、毎年、名馬との別れが少なからずあるのは仕方がありません。今年は主なものだけでも、1月にクロフネ、2月にシーザリオ、3月にジャングルポケット、ネオユニヴァース、そして8月にレガシーワールド、ドゥラメンテの悲しい報せがありました。
グリーンチャンネルの中央競馬中継では、名馬の死の報せがあった場合に、なるべく時間をとって、その功績や思い出を振り返ることにしています。どんな馬なら取り上げるかについては「クラシック勝ちがある」とか「GI競走を複数勝っている」とかの明確な基準があるわけではありません。
例えば、先月、32歳という大往生を遂げたレガシーワールドのG1勝利は1993年のジャパンカップの1勝だけですが、同期に同僚のミホノブルボン、1つ上の世代にトウカイテイオーらがいた、競馬が大変、人気があった時代の思い出深い1頭です。特にレガシーワールドは騙馬ですから、種牡馬として血や、その名を残していません。中継の担当ディレクターから「レガシーワールドの思い出を振り返って欲しい」とお願いされたときは、「ありがとう」と思わず感謝の言葉が口から出ました。
いつの間にか競馬中継のスタッフも若い世代が多くなり、1990年代前半の熱狂的な競馬ブームを知る人が少なくなってきました。2016年にメジロライアンが老衰により29歳でこの世を去ったとき、若い中継スタッフから「G1勝ちは1勝だけなので、触れても短めに」と指示されました。私は「メジロライアンは記録よりも記憶に残る名馬なんだ。触れるなら短めになんてあんまりだ」と懇願したものの、他のクラシックホースや年度代表馬のようには語らせてもらえず、悔しい思いをしたものです。
競走馬への思い入れは人それぞれで、それぞれの人に、それぞれの世代に名馬が存在します。その血を後世につなげ、血統表にその名を残す馬もいれば、人々の記憶にのみ残る馬もいます。そんな名馬たちの記録・記憶を世代を超えて伝えていく。これも、競馬キャスターとしての大切な使命と感じています。
さて次回は、「競走馬の死」の表現について取り上げようと思います。