競馬キャスター・大澤幹朗氏がお届けする、知れば競馬の奥深さがより味わえる連載『競馬キャスター大澤幹朗のココだけのハナシ』。今回のテーマは「歴史的惜敗」です。
日本時間の5日早朝に行われた第150回ケンタッキーダービー。日本から挑戦した2頭の無敗馬は、ともに、これまでの日本調教馬の最高着順「6着」を上回る成績を残しました。
中央で地方で中東で連勝を重ね5戦全勝で挑んだフォーエバーヤングは、勝ったミスティックダンからハナ、ハナ差の3着。
スタートで出遅れながらも、3コーナー過ぎからポジションを上げ、直線ではいとこの関係にあるシエラレオーネと馬体をぶつけ合いながらの追い比べ。ともに勝ち馬にはわずかに届きませんでしたが、まさかケンタッキーダービーという最高峰の舞台で、ゼンノロブロイの姉・ダーリンマイダーリンを祖母に持つ2頭の激しい競り合いが見られるとは思いませんでした。
ケンタッキーダービーで3頭による写真判定で勝敗が決したのは、1947年の第73回ケンタッキーダービー、1着ジェットパイロット(Jet Pilot)、2着ファランクス(Phalanx)、3着フォルトレス(Faultless)の3頭による写真判定決着以来、77年ぶりのことだったのだそうです。
150年というの歴史の中でも語り継がれるであろう大接戦を演じたフォーエバーヤング。感動的なレースを見せてくれた関係者の皆さんには感謝しかありませんが、この結果にいささかも満足することなく『悔しい』という思いを隠そうともしなかった矢作調教師と坂井騎手の姿を見ながら、「ケンタッキーダービー」は日本のホースマンの「夢」ではなく、現実的な「目標」なのだと確信しました。
このパフォーマンスを受け、大手ブックメーカーの「ウィリアムヒル」は、11月にデルマーで行われるブリーダーズカップクラシックの前売りオッズで、フォーエバーヤングを8.0倍の単独1番人気に評価しました。
まずは、海外での転戦で溜まった疲れをしっかりと癒し、体調や状況が整えば、ぜひ、もうひとつの最高峰を目指して欲しいと思いますし、藤田オーナーとチーム矢作、そしてフォーエバーヤングが頂点に立つ姿を見たいと心から思います。
一方、これが3戦目というキャリアながら5着に健闘したテーオーパスワード。高柳大輔調教師が『悔しいレース』と振り返ったのは、こちらもスタートが決まらなかったものの、最後に力強い末脚を見せてくれたからこそでした。
前日のG2・アリシーバSを逃げて2着に奮闘した帯同馬のテーオーサンドニと2頭の管理馬で遠征した46歳のトレーナー。日本人騎手として2度目のケンタッキーダービー騎乗という“レジェンド”武豊騎手以来2人目のジョッキーとなった24歳の木村和士騎手。そして、キャリア3戦目にして最高峰の舞台に立ったテーオーパスワード。何物にも変え難い経験と自信を手にした人馬の今後に期待せずにはいられません。
さて、今回のケンタッキーダービー中継では、向正面の厩舎地区から1~2コーナーを通ってパドックに向かう大移動や、国歌独唱、馬場入場前のファンファーレ、「My Old Kentucky Home」の合唱、優勝馬にバラのレイをかける様子など、レースだけでなく、「ケンタッキーダービー」というアメリカ人にとっての春の国民的行事の雰囲気を味わっていただけたのではないかと思います。
そこには、150年という歴史の重みとアメリカ国民の誇りがありました。だからこその“The most exciting two minutes in sports”。私もスタジオで、それらをひしひしと感じながら進行していました。
そして、日本の人馬が、その頂に近づいていることを証明した日本時間2024年5月5日の「歴史的惜敗」の日。この日のことを私たちはきっと忘れないことでしょう。