3月に入りました。中央競馬では2月末で5人の調教師が定年のため引退し、調教師に転身した福永祐一元騎手が27年のジョッキー人生に幕を下ろしましたが、3/1付で今度は4人の調教師が新たに厩舎開業、6人の新人騎手たちがデビューを果たします。
新規開業する4調教師のうち、美浦の上原佑紀調教師と栗東の西園翔太調教師の2人は初の平成生まれのトレーナー。それぞれ父は上原博之調教師と西園正都調教師です。また6人の新人騎手の中には河原田菜々騎手、小林美駒騎手の女性2人が含まれていて、デビューが楽しみです。
中央競馬で毎年この時期に出会いと別れがあるのは、調教師と騎手の免許の更新が3/1付で行われるためで、今年、福永元騎手は調教師免許を取得したため、騎手免許を更新しませんでした。福永元騎手は去年も13年連続で年間100勝をクリアし、今年も全国リーディング7位の18勝をあげていました。つい「何とももったいない」と感じますし、ふと「騎手と調教師を兼ねることはできないのだろうか?」とさえ思ってしまいます。
中央競馬の調教師として歴代一位の通算1,670勝をあげ、日本ダービー8勝など旧八大競走39勝という群を抜く記録を残した“大尾形”尾形藤吉調教師は、はじめ騎手となり、のちに調教師になりましたが、調教師として厩舎を開業してからも騎手を続け、約20年間は騎手と調教師を兼ねていました。もちろんこれは戦前の話ですが、ワカタカが制した第1回東京優駿の2着馬オオツカヤマは、騎手も調教師も尾形景造(尾形藤吉が大きな落馬事故をきっかけに改名し戦前まで使用していた登録名)です。
明治から戦前にかけての各競馬倶楽部の時代は「騎手」という名称だけが存在し、“調教資格を持った騎手”が厩舎の馬を管理・調教していました。尾形藤吉がいた東京競馬倶楽部では、レースと調教に騎乗できる「競走騎乗免許」、調教のみに騎乗できる「調教騎乗免許」などに騎手免許が分かれていたそうです。
“調騎兼業”は、各競馬倶楽部を一本化し健全化する目的で1937年に日本競馬会が設立され、新たな競馬施行規程により「調教師は騎手を兼ねることを得ず」と謳われたことで不可能となりました。ただ、各競馬倶楽部で調教資格を得ていた場合は例外が設けられるなど、戦争による騎手不足もあって、実際に“調騎分離”となったのは、戦後に国営競馬がスタートした1948年のことでした。
日本の競馬では現在でも“調騎分離”が謳われています。競馬施行規程の第23条では、「調教師の免許試験及び騎手の免許試験のいずれにも合格した者に対しては、その者の希望するいずれか一方のみにつき、免許をするものとする。」とされ、中央競馬会の競馬施行規程で騎手の兼業の禁止について定めている第59条には「騎手は、いかなる名義をもってするかを問わず、調教のため馬主から馬の預託を受けてはならない。」とあります。
では、なぜ“調騎兼業”は認められていないのでしょうか。
競馬学校や裁決委員の経験がある競馬会の複数の関係者の方に伺ったところ、“調騎分離”の理由について、はっきりした明記というのは無いようです。ただ競馬施行規程には、調教師の業務について、出走馬や騎手の変更願に関してや、馬具・馬装、装鞍所・下見所での馬の管理、裁決委員への報告義務など、幅広く事細かに定められており、騎手が調教師の業務を兼ねるのは、仮に認められていたとしても不可能です。
また、シンダーで英国ダービーや凱旋門賞を勝利するなど、騎手として数々のビッグタイトルを手にしてきたアイルランドのジョン・ムルタ調教師は、一時期、騎手と調教師を兼任していましたが、調教師の守則義務が厳格な日本では不可能です。例えば、業務違反があった場合に騎手と調教師では処分が異なるため、騎手と調教師を明確に分ける必要があるのも“調騎分離”の理由の一つとなっているようです。日本の競馬が公正などの観点から徹底して管理されていることを改めて実感します。
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大澤幹朗
1973年9月22日生まれ。千葉県出身。IBC岩手放送アナウンサー時代に岩手競馬のレース実況に携わり、メイセイオペラら名馬と出会う。2003年にフリー転身後、2006年よりグリーンチャンネル中央競馬中継キャスターに。2013年からは凱旋門賞など海外中継も担当。そのほか、WOWOWヨーロッパサッカー実況アナウンサーとしても活動中。