競馬キャスター・大澤幹朗氏がお届けする、知れば競馬の奥深さがより味わえる連載『競馬キャスター大澤幹朗のココだけのハナシ』。
今回のテーマは「メルボルンカップを制した英国王室とディープインパクトの血」です。
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3日、オーストラリアのフレミントン競馬場で行われたメルボルンカップ。日本でも7年ぶりに馬券発売が行われた南半球最大の競馬の祭典を制したのは、英国産の3歳牡馬でオーストラリア調教馬のポイントオブローでした。
当日に1頭が取り消して今年は23頭立てで行われた芝3200mのレースは、5歳セン馬ロイヤルスプレマシーが一時は後続に20馬身もの差をつける大逃げを打ち、メルボルンカップでは前代未聞の展開になりました。
最後の直線。フレミントン競馬場に集まった10万人近くの大観衆が「このまま逃げ切ってしまうのか!?」と固唾を飲んで見守っていたその瞬間。残り1ハロンで、大逃げを打ったロイヤルスプレマシーと同じキアロン・マー厩舎のポイントオブローが内ラチ沿いから爆発的な末脚を繰り出し、終わってみれば後続に3馬身4分の3差をつける圧勝劇を見せました。
父は14戦14勝、レーティング140ポンドをつけた英国の伝説的名馬フランケル、母の父は日本競馬の至宝ディープインパクト。ポイントオブローの鮮やかな走りには、間違いなく、彼ら英雄たちの面影がありました。そして、ポイントオブローの生産者は、英国のチャールズ3世国王でした――。
物語の始まりは1970年代の英国に遡ります。熱心な競走馬の生産者であり馬主でもあったエリザベス女王は自らが所有する牝馬ハイクレア(Highclere)をこよなく愛していました。その名は女王の幼馴染でレーシングマネージャーを務めていた親友カナーヴォン伯爵が所有していた「ハイクレア・キャッスル」という広大な城から付けられました。
ハイクレアは1974年に英1000ギニーと仏オークスを制覇。キングジョージ6世&クイーンエリザベスDSでは世界的女傑ダリア(Dahlia)の2着という成績を残し、女王に大きな栄誉と喜びをもたらしました。
この英国王室ゆかりの気品ある血統は、ハイクレアの孫娘であるウインドインハーヘア(Wind in Her Hair)へと受け継がれました。クールモアが所有し、ジョン・W・ヒルズ調教師が管理したウインドインハーヘアは、1994年、3歳時の英オークスで、のちの愛ダービー馬Balanchine(バランシーン)の2着という結果を残しました。
その後は不振が続いたため4歳で繁殖入りし、日本でも供用されたアラジと交配し受胎しました。しかし、妊娠中のまま現役を続行し、その年の8月、ドイツの芝2400mのG1・アラルポカルで、モンズーン(Monsun)、コルナド(Kornado)らドイツを代表する実力馬たちを相手に快勝。妊娠中にGI競走制覇という極めて珍しい記録を打ち立てたのでした。
そして、この血のポテンシャルに目をつけたのが日本のノーザンファームでした。引退後、アイルランドやアメリカで繁殖生活を送っていたウインドインハーヘアを日本へ買い取ると、2002年にサンデーサイレンスとの間に生まれたディープインパクトは、競走馬、種牡馬として日本競馬史上に燦然と輝く偉大な名馬となりました。(22.6.16公開「ウインドインハーヘアのハナシ」参照)
ディープインパクトが種牡馬として世界的な大成功を収めると、かつてのハイクレアの所有者であるエリザベス女王は「私が愛したハイクレアの血脈が、日本で素晴らしい種牡馬になっている」と強い思い入れを持ち、自身がもつ繁殖牝馬ディプロマ(Diploma)を英国から日本の社台スタリオンステーションへ送り、ディープインパクトと交配させました。(22.6.9公開「プラチナジュビリー」参照)
この交配によって生まれたのが牝馬のポートフォリオ(Portfolio)でした。サー・マイケル・スタウト調教師が管理したポートフォリオは、英国で競走生活を送り、通算7戦2勝。リステッド競走のシャリスステークスで3着に入ってブラックタイプ(セール名簿や血統書などの牝系図で太字で表記されること)も獲得しました。
競走馬引退後、繁殖牝馬としてフランケルと交配されたポートフォリオは、2022年9月にエリザベス女王が崩御されたのに伴い、チャールズ国王(名義はキングチャールズ3世)へと引き継がれました。そして英国王室のロイヤルスタッドで2023年に産み落とされたポートフォリオの最初の仔が、メルボルンカップを制したポイントオブローでした。
当初はチャールズ3世国王とカミラ王妃が馬主として所有していたポイントオブローは、英国のジョン&タディ・ゴスデン厩舎に預けられました。2025年のデビュー後もステイヤーの素質馬としてじっくりと育てられ、今年2026年の夏に素質が開花。7/9にニューマーケット競馬場の芝2600mで行われた伝統の3歳長距離重賞G3・バーレーントロフィーで見事に重賞初勝利を飾りました。
すると、このパフォーマンスが長距離戦のスター候補を探すオーストラリアのバイヤーの目に留まります。8月、オーストラリアの「Deg Racing」を中心とする馬主シンジケートが、英国王室側からポイントオブローの所有権を完全に買い取ったのです。これに伴い、オーストラリアのトップ調教師キアロン・マー厩舎へ電撃移籍。「メルボルンカップ」を最大のターゲットに見据えた野心的な移籍でした。
45歳という若さながら、最先端のスポーツ科学、データ分析、馬体管理を取り入れ、厩舎をオーストラリア最大規模に成長させたキアロン・マー調教師。そんなトップトレーナーに手がけられたポイントオブローは、環境の変化をものともせずに、10/21、移籍初戦のG3・ジーロングカップ(芝2400m)を完勝。メルボルンカップへの優先出走権を手にすると、わずか中1週で、大一番のメルボルンカップも見事に制したのです。
エリザベス女王に愛された血は、日本の地で女王の深い愛に日本競馬の至宝の血と結びつき、再び英国王室へと戻りました。そこで英国最強馬の血と結びついて生まれた鹿毛馬は、英国の名トレーナーによって育まれ、やがて野心あふれる豪州のホースマンの目に留まりました。
そして、今年、メルボルンカップに史上最多の7頭もの管理馬を出走させ、1・2・3という史上初の離れ業をやってのけたトレーナーと出会い、その血は大輪の花を咲かせました。2026年のメルボルンカップ優勝馬ポイントオブローは、日英豪の血と、それを育んだ人々の「奇跡の結晶」でした。
