競馬キャスター・大澤幹朗氏がお届けする、知れば競馬の奥深さがより味わえる連載『競馬キャスター大澤幹朗のココだけのハナシ』。
今回のテーマは、GLAYのボーカルTERUさんの来場で盛り上がった12日の函館競馬観戦記です。
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2026年7月12日。この日の函館には大きな雨雲がかかり、朝から激しい雨が降っていました。昼過ぎに日が差して競馬場のスタンドから函館山が見えたのも束の間。午後のレースが進むにつれて、再び大粒の雨が振り出し、場内は薄暗くなっていました。
亀谷競馬サロン・リアルサロンスペースの生みの親でもある小田吉男オーナーから素敵なプロジェクトの話を聞いたのは約1か月前のことでした。「テルヒコウを名付け親のTERUの故郷・函館で走らせたいと思っている。TERUに競馬場に来てもらって、できたら鞍上は武豊騎手にお願いしたい――。」
想像しただけでも胸が躍りました。オーナーと親交があり、愛馬テルヒコウの名付け親でもあるGLAYのボーカルTERUさんが、地元の競馬場で武豊騎手を背に走るテルヒコウを応援するなんて!
もはや夢しか存在しない話に私は自然と顔がほころんでいました。そして、「ぜひ実現させてください! 実現した暁には、函館まで応援に行かせてください!」とお願いしたのでした。
音楽界と競馬界のレジェンド2人の夢の共演――。実現を願いつつも、恐らく各方面の調整は簡単ではないのだろうなと、祈りながら朗報を待っていました。そんな6月下旬、あるニュースが競馬メディアに大きく取り上げられました。武豊騎手のオフィシャルサイトや各メディアによる調査によって、武豊騎手のJRA、地方競馬、海外競馬の勝利数の合算が4994勝であることが明らかになったのです。「5000勝」へのカウントダウンは、突然のように始まったのでした。
7月7日。小田オーナーや管理する矢作芳人調教師らテルヒコウの関係者の調整が実り、テルヒコウは、12日に函館競馬場で組まれた芝1800m戦の「北海ハンデキャップ」に、武豊騎手とのコンビで出走することが矢作調教師から発表されました。そして、レース当日はTERUさんが応援に駆けつけるかもしれないことも明かされました。日本が生んだ2つの星が函館の地で交わる――。夢の実現が明らかになったのは、奇しくも七夕の日でした。
ところで、函館競馬場は今年、開設130周年を迎えた日本最古の競馬場です。開国直後に開港した函館(箱館)には西洋文化がいち早く入り、1883年から約13年間行われた函館海岸競馬場が移転して、1896年に現在の函館競馬場が開場しました。そんな函館競馬の開催組織である函館競馬会の運営に携わった人物の一人が、武豊騎手の曾祖父・武彦七でした。
武彦七の長男・武芳彦は北海道の競馬界の有力者でした。その人物こそ、武豊騎手の祖父(武邦彦さんの父)です。今回、TERUさんと武豊騎手が小田オーナーを通じて交流することになり、TERUさんのご実家と、武豊騎手の祖父の実家(つまり武彦七の家)が近所であったことも明らかになりました。
そして、この文章を書きながら、テルヒコウの名前の由来でもあるTERUさんの本名が「照彦」であり、ここでも「彦」でつながっていることに気づき、鳥肌が立っています。
ひょっとしたら、「5000勝」がテルヒコウで達成されるかもしれないというドキドキもあった中、大記録は北海ハンデキャップの2つ前のレースで達成されました。その直前にTERUさんが競馬場の特別席に到着。競馬界のレジェンドによる記録達成の瞬間を、音楽界のレジェンドも目の前で見ることができました。「JRA通算」でないにもかかわらず花束が用意され、多くの報道陣と競馬ファンが、土砂降りの中、前人未到の偉大な記録の達成を祝いました。
そして、北海ハンデキャップ。競馬ファンとGLAYファンが集った函館競馬場は、GIレースかと紛うほどの熱気と緊張感に包まれていました。その不思議な空間を、私も、亀谷敬正さんと一緒に共有させていただきました。テルヒコウが生まれた天羽禮治牧場の皆さんも函館に駆けつけていました。
いよいよ発走。ファンファーレの後の大歓声は雨音をかき消しました。武豊騎手を背にしたテルヒコウは好スタートを切ると果敢に逃げる競馬を見せ、雨の中で観戦した場内のファンを沸かせました。最後は勝ち馬の決め手に屈して2着となったものの、交わされた後、もう1度盛り返すガッツも見せました。
現存する日本の競馬場で唯一、19世紀に開場した函館競馬場で起きた奇跡――。歴史ある競馬場に競馬ファンと音楽ファンが集い、1頭の走りに熱視線を送った素敵な瞬間でした。
「次は一緒に口取りがしたいですね」(矢作調教師)。夢はこれからも続いていきます。
▲武豊騎手とTERUさん(中央は小田吉男オーナー)
