競馬キャスター・大澤幹朗氏がお届けする、知れば競馬の奥深さがより味わえる連載『競馬キャスター大澤幹朗のココだけのハナシ』。
今回のテーマは、先週行われたキングジョージ6世&クイーンエリザベスSの振り返りと、キングスクレアとキングジョージの物語です。
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日本時間の25日深夜にイギリス・アスコット競馬場で行われたG1・キングジョージ6世&クイーンエリザベスSは、去年は2着だった5歳牝馬のカルパナが優勝。日本から参戦したマスカレードボールは9頭中の7着、ヴェルテンベルクは大差の最下位に終わりました。
スタートしてからスウィンリー・ボトムまでの半マイルの下り、そこから最終コーナーまでの険しい上りと500mの最後の直線。高低差は中山競馬場の4倍の約22mというアスコット競馬場芝2390mの独特なコースでいきなり好走することが、慣れない日本馬にとってはいかに難しいのかをあらためて実感する結果となりました。
逆に勝ったカルパナは、前回の当欄でも紹介したように、去年のキングジョージ2着の他、10月の英チャンピオンズデーで行われるG1・英チャンピオンズフィリーズ&メアズSを50年ぶりに連覇するなど、このコースを大得意とするアスコット巧者でした。
ジャドモントの自家生産によるスタディオブマン(その父ディープインパクト)産駒のカルパナは、近年稀に見る好メンバーとなった今年の出走馬9頭中、唯一の地元英国調教馬でした。
また、グリーンチャンネルの中継で合田直弘さんが話されていた通り、日本馬2頭がニューマーケット調教場に入厩していたのに対し、カルパナはニューベリー近郊のキングスクレアを拠点とするアンドリュー・ボールディング調教師の管理馬でした。
アンドリュー・ボールディング調教師が厩舎「パークハウス・ステイブル」を構えるキングスクレアは、アングロサクソン期から王領との結び付きが深かった、ハンプシャーの静かな村です。
1867年、この競走馬の調教に適した広大な丘陵地に新しい厩舎を建設したのは、19世紀を代表するオーナーブリーダーのサー・ジョセフ・ホーリーでした。この時すでに所有馬3頭がダービーを制し“幸運な準男爵”の異名を持っていた彼は、若きトレーナーのジョン・ポーターを専属調教師として雇い、翌年には、自身が所有していたダービー馬ビーズマンを父に持つ自家生産馬ブルーガウンでダービーを制しました。
キングスクレアの初代調教師ジョン・ポーターは、引退する1905年までにクラシックを23勝するという競馬史に残る成績を収めました。その後、複数の調教師がキングスクレアの「パークハウス・ステイブル」を継いでいきましたが、第2次世界大戦が始まると、厩舎には米軍兵士が駐留し、キングスクレアの調教コースは静寂に包まれました。
終戦後、キングスクレアで調教師になったのは、1937年のグランドナショナルや、1936年と1940年のチェルトナムゴールドカップを優勝した元障害騎手のエヴァン・ウィリアムズでした。1951年、大英博覧会100周年の記念行事として施行され、第1回のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSとみなされているレースを制したのは、エヴァン・ウィリアムズによってキングスクレアで調教されたシュプリームコートでした。
エヴァン・ウィリアムズからキングスクレアの「パークハウス・ステイブル」を購入し、1953年から調教師として活動を始めたのは、ピーター・ヘイスティングス=バスでした。ヘイスティングス=バスは1964年に43歳という若さで亡くなりましたが、その短い期間に通算340勝をあげました。
ヘイスティングス=バスの娘エマと結婚したのが、キングスクレアでの調教師ライセンスを引き継いだ助手のイアン・ボールディングでした。イアン・ボールディングはキングスクレアで指揮を執った39年間で2000勝以上をあげ、そのうちグループ競走(重賞)の勝利は123を数えました。
なかでも、長年にわたってキングスクレアの活動を支援してきたアメリカ人の慈善家ポール・メロンが所有したミルリーフは、2歳時から傑出した才能を発揮。1971年の3歳時には、ダービー、エクリプスS、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS、凱旋門賞を全て制し、競馬史にその名を刻みました。英ダービー、キングジョージ、凱旋門賞の3競走を制したのは史上初めてのことでした。
また、種牡馬としても産駒シャーリーハイツと、その産駒スリップアンカーがダービー父仔3代制覇を果たしたほか、マグニテュードやミルジョージなどの直仔が日本に輸入され、その血は一時代を築きました。
イアン・ボールディングは2002年で引退。2003年から息子のアンドリュー・ボールディングが厩舎を引き継ぎ、その初年度、管理するカジュアルルックがオークスを制しました。
父イアンと息子アンドリューが揃ったエプソム競馬場のウィナーズサークルで2人にマイクを向けたのは、スポーツキャスターのクレア・ボールディング。イアンの娘でありアンドリューの姉でした。インタビューで3人は感極まり、生放送で数秒間の静寂が流れた瞬間は、記憶に残る名シーンとして語り継がれています。
その後、アンドリュー・ボールディング調教師は、2020年の2000ギニー優勝馬カメコや、2021年のコロネーションS、サセックスS、2022年のジュライCなどG1を4勝したアルコールフリーなどを手がけた他、見習い騎手時代のウィリアム・ビュイックやオイシン・マーフィーを育てました。
今年1月、アンドリューの父であり、名馬ミルリーフらを手がけたイアン・ボールディングが87歳で亡くなりました。そして、息子アンドリュー・ボールディングが手がけるカルパナが、ミルリーフから55年後の2026年、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSを制しました。
第1回の“キングジョージ”を制し、現在はボールディング家が継承するキングスクレアの「パークハウス・ステイブル」。今年のレースは、歴史ある厩舎を守ってきた父と息子による半世紀以上の時を超えた父子制覇だったのです。
